謙 彖伝 「天道満てるを欠く」 太平記第5巻6 弁財天影向の事
【引用】
「太平記(一)」岩波文庫
太平記第5巻6 弁財天影向(べんざいてんようこう)の事
ウィキソース
太平記巻第五 35 時政参篭榎嶋事
【本文】 ウィキソース より
時已に澆季に及で、武家天下の権を執る事、源平両家の間に落て度々に及べり。
然ども天道必盈を虧故に、或は一代にして滅び、或は一世をも不待して失ぬ。
今相摸入道の一家、天下を保つ事已に九代に及ぶ。此事有故。
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「太平記」は、鎌倉幕府の滅亡から南北朝の動乱を描いた軍記物語。
太平記第5巻「6 弁財天影向(べんざいてんようこう)の事」は、鎌倉幕府の失政の物語が始まる導入の部分です。
時は鎌倉時代の末期、執権北条高時(1303-1333)の時代。
鎌倉幕府は、源頼朝により開かれますが、源氏は3代で絶え、その後は源頼朝の妻である北条政子の実家である北条氏が実権を握ります。その北条氏による繁栄が、北条政子の父、北条時政から9代続いています。
なぜ、北条氏の繁栄が9代も続いているのかを紹介する文章の導入がご冒頭の本文です。
時は末世(「澆季」)、
仏の教えがすたれ、修行する者も悟りを開く者もいなくなり、残っているのは仏の教えだけ。道義がすたれている時代となっています。
人を殺す職業である武士が天下の政治を治めるようになり、源氏と平氏がたびたびに権力を手にするようになっています。
けれども、権力者といえども、平清盛の平氏のように一代で滅びている例もあれば、源頼朝の源氏が三代の源実朝で滅んでしまったように一つの時代を待たずに一家が滅んでいる例もあります。
これは易経の謙卦、彖伝「天道は盈[み]てるを虧[か]いて」とあるように、「十分に満ち足りているものはモノは、欠き減らす」という天の道理にしたがっているとおりなのであると説明しているのです。
易経の謙卦、彖伝「天道は盈[み]てるを虧[か]いて」について。
たとえば、月が満月になればだんだん欠けていきます。太陽が正午真上にいても夕方は西に傾いていきます。寒さが頂上に達しても、だんだん暖かくなっていきます。
これらは皆、天が「十分に満ち足りているものはモノは、欠き減らす」というコトワリにしたがっているからです。
このように「十分に満ち足りているものはモノは、欠き減らす」というのが天の道であるたならば、現在の執権 北条高時(相模入道と呼ばれています)の北条家は、北条時政の時代から、天下を9代にもわたって治めています。それはどうしてなのだろうかと疑問が生じるでしょう。
これに対して、太平記は、
「此事有故(このことゆえあり)。」、
ちゃんと理由があるのだというわけです。
そして、その理由を、北条政子の父、北条時政が、その前世で箱根神社のお坊さんで、法華経を写経して66カ国の霊地に奉納するために回っていたという善行にもとづくものだったとして、
北条高時のご先祖様である、北条時政が、江ノ島にお参りに行ったときのことを紹介します。
それは、北条時政が、子孫繁栄を一心に祈りはじめて21日目の夜のこと。
ふとみると赤い袴に、白みを帯びた青色(柳色)の衣を着た
端正で荘厳な雰囲気を漂わせた美しい女が、時政の前に忽然と姿を現します。
そうして、時政が
箱根神社のお坊さんの生まれ変わりであること、
そのときに行った善行を伝えたうえで、
「だから、おまえの子孫は永く日本の主となって繁栄をするだろう」というのでした。
ただし「子孫の振るまいが、道理に叛くようであれば、子孫の繁栄は、時政から七代は続かないだろう」とも伝えます。
そうして、「わたしのいうことが信じられないのであれば、霊地を巡って法華経があるかどうかをたしかめなさい」といった後に、
60メートルほどの大蛇に変わって海の中に入ったのだそうです。
大蛇が海に飛び込んだ後を見ると、大きなウロコが3つ落ちていたそうです。
時政は、それを見て「願いは成就した」と喜んで、三鱗形の家紋を北条家の家紋としたそうです。
北条氏の家紋は → こちら
さて、その弁財天のお告げにより、各国の霊地に人を使わせてみると、たしかに、各地の法華経の奉納所に、時政の名前のまま「大法師時政」と奉納筒に書いてあることがワカッタと言うことです。
そして、だからこそ、北条家は、一代で滅んだ平清盛の平氏や三代で滅んだ源頼朝の源氏とは違って、弁財天の約束である7代を超えて9代まで続いているのだと説明します。
しかしながら、弁財天の約束の時も、9代である北条高時の時代はもう過ぎてしまった。
これが、北条高時の言動の悪さ(世の中が乱れているにもかかわらず、田楽遊びや闘犬遊びにうつつを抜かした)とも相まって、鎌倉幕府の滅亡へとつながっていくのでありました。
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【易経】 謙5
彖に曰く。謙は、亨る。天道下濟[かせい]して光明なり。地道は卑くして上[のぼり]行く。天道は盈[み]てるを虧[か]いて謙に益[ま]し、地道は盈[て]るを變じて謙に流[し]き、鬼神は盈[み]てるを害して謙に福[さいわい]し、人道は盈[み]てるを害[がい]して謙を好む。謙は尊くして光り、卑くけれども踰[こ]ゆ可からず。君子の終わりなり。
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